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Tsuda Readings

1.「ツダミア進化」の始まり

 ツダミアの活動をジャンプアップさせようと決めたのは、2018年の終わり、12月の後半だった。

 ツダミアがスタートしてから2年以上過ぎたので、いよいよ本格的に、より積極的に活動を展開してこう、と水晶と決めたのだけれど、そんな気分になったのは、今後、二人で表現していきたい作品と、その世界観が揺るぎなくなった、というのが1番の理由だった。

 

 元々、二人の音楽に向かい合う姿勢や芸術への志の高さが一致して始めたユニットだったから、結成してすぐに自分達らしい作品を生み始め、100年残る作品づくりにこだわって、慌てず1つ1つ心から納得のいく作品をつくっては発表してきたのだけれど、二人が「自分たちが、世界の何を観て、そこから何を感じ、どんな世界観で、どのような作品を生み出していきたいのか」というテーマを毎日のように語り合い、想いを共有しながら活動していくうちに、だんだん答えが見えてきたのだった。

 

 それはとてもスケールの大きなもので、100年残る音楽つまり芸術作品として創り上げるのに相応しいもので、二人が文字通り、今後の人生を賭けて作品を生み出し、伝えていくべきものだった。

 その代わり、そのスケールの大きさは、ツダミアというユニットのままでは表現しにくいものだった。

 I.o.You という音楽ユニットへ進化させることに決めた背景には、そんな変化があったのだった。

 「ツダミアの進化」を決めてから、僕と水晶は毎日語り合いながら、そのイメージをどんどん膨らませていった。

 作品の発表方法を軸に、活動の拠点を、スケールの大きな世界観に合い、かつ「今」と「これから」に最適化した、ネット上の新しいスタイルのプラットホームにしよう、と決め、この「Web I.o.You」というビジョンが形になったのは、12月の終わりだった。

 続いて、作品と活動の世界観と、そのオリジナリティ溢れるメッセージを、もっともわかりやすく、そしてある意味キャッチーに伝える方法を、僕たちは考え始めた。

 ユニークで、ワクワクして、他の何にも似ていない、何か象徴的なアイデアがないだろうか・・・

 年末年始という、1年で最も伝統的な風景と空気で満たされる街を歩きながら、僕たちはお互いこれまでの人生で一番と言える程、好奇心と想像力を全開にして、心を宇宙まで飛ばして自由になりながら、新しい未来を模索した。

 1月6日、僕たちはイメージを共有するために、ビジュアル関係のクリエイティブ担当をしてくれるKanaと、3人で恵比寿のCafeでミーティングをしていた。

 

 Kanaも想像力が豊かな人なので、「進化する未来のツダミア」をテーマにして、3人は子どものように無邪気に話し合っていた。

 

 クリエイティブな打ち合わせで大切なのは、イメージに限界を設けないこと。

 長年の経験で知っていた僕は、限りない可能性を煽るように、「例えばさ、なんかさあ〜」というセリフを何度も繰り返しながら、ユニークで、ワクワクして、他の何にも似ていない、何か象徴的なアイデアが生まれてくるよう、二人と話し続けた。

  そしていくつかのアイデアが3人から出た頃、僕はまた「例えばさ、なんかさあ〜」と言った。

 その直後、作曲している時にメロディーが降りてくるのと同じような感覚で、突然、天啓のようなイメージが浮かんだ。

 

 「わかった! 僕と水晶は未来から来たんだ!!」

 

 

 観る人を夢の世界へ連れて行ってくれる映画作品が、緻密に練られた脚本や撮影スケジュール、そして膨大なスタッフと細かい作業の連続によって完成するように、自由極まりない、可能性に満ちたアイデアの裏には、そのアイデアを支える緻密で揺るぎない事実の数々や、その必然性を裏付けするたくさんの根拠と豊かなデータが存在している。

 僕は、「ツダミアの進化」を実現してくれるアイデア、しかも先が見えない毎日が続く現実の世の中に、一筋の光が射すような刺激的なイメージに胸を躍らせながら、日々情報を集めながら、水晶と話し続けた。

 そんな毎日の繰り返しの中で、僕たち二人は「ツダミアの進化」が驚くほど必然であったことに気づいていた。

 水晶にとってそれは、過去の音楽人生で、どんなに必死でもがいても手にすることができなかった、自分の存在と音楽への想い、そしてそれを明確に作品にして自由に表現することのできる、少なくとも現在考えられる、たった1つの、非常に力強いあり方だった。

 僕にとってそれは、中2で突然ピアノを弾けるようになって今までの40年間にわたる毎日の中で出会い続けて来た、すべての人々やすべての情報から生まれた大切な想いと、そこから僕が見つけた、人生と世の中と歴史と自然と宇宙につながる答えのようなものを、すべて作品にできる、完璧なライフワークだった。

 

 そうして僕と水晶は、まだ何も始まっていない「ツダミアの進化」を少しづつ形にしながら、やがて始まるプロジェクトが、お互いの人生をそのまま丸ごと作品にして活動していける、ということに胸を躍らせながら「未来が始まる日」のために、それぞれ準備をしながら毎日を過ごしていった。

 それは僕が日頃、電脳音楽塾などで伝えている「未来を自分で創る」という行為そのものだった。

 

 (つづく)

2.「ツダミア進化計画」

 

 作品の発表方法と活動の拠点を、ネット上の新しいスタイルのプラットホーム、つまりまだ名前はなかったけれど、この「Web I.o.You」にする、というビジョンがまずひとつ。

 そして次に、作品と活動の世界観は、僕と水晶の2人が毎日のように話し続けてきた本来あるべき「輝く未来」への想いと、それにはまだ程遠い現実を描き、それを力強く美しい音楽で伝えること。

 さらに、そのオリジナリティ溢れるメッセージを、わかりやすく、キャッチーに伝える方法として見出した、「僕と水晶が遠い未来から来た」というコンセプト。

 これらを僕はすぐに「ツダミア進化計画」という企画書にまとめ上げた。 

 過去になかったビジョンをわかりやすく企画書にまとめるのは、長年プロデューサーをやっていた僕がもっとも得意とするところだった。

 ビジョンを企画書にまとめていくと、漠然としたイメージがどんどん明確になっていく。

 新しいビジョンを現実にするために必要なものは何か。

 それを形にしていくために、どんなパートナーが必要か。

 

 そういった内容を水晶と共有しながら、僕はまとめ上げた企画書を持って、信頼できる知人と会い、ビジョンを説明してアドバイスをもらうことを始めた。

 ソニーミュージック時代の同期で、ある部門のトップ

 

 同じくソニーミュージックで長年具体的な案件の相談をしているプロデューサー

 

 未来に関するプロジェクトを相談できる大手出版社の編集者

 原盤制作で色々な協力をしてもらっているレーベルの担当者

 そして新たに必要となる人材についての相談にふさわしい、電脳音楽塾を主催するI.N.Aちゃん

 会って話してみると皆、僕のビジョンと企画書の内容に深い関心と興味を寄せてくれ、ツダミア進化の足がかりとなる情報や、進化を成功させるためのアイデアなどを提案してくれる。

 何より嬉しいのは、誰もが「未来」というキーワードに反応してくれるのだ。

 

 打ち合わせを重ねるたびに、僕はこれから始めることへの期待と、実現したい具体的な内容が増え続けることに、身体中の細胞が喜びに震え始めているのを感じた。

 確かな手応えを感じるプロジェクトをスタートさせる時だけに感じる、何とも言えない感覚だった。

 

 それはエンターテイメントの核となる、最も原始的な衝動「生み出し 表現することへの歓喜」だった。

 プロジェクトを展開していく上でのアドバイスや知恵、そして様々な情報を打ち合わせでもらった僕は、最後にI.N.Aちゃんと会い、プロジェクトを進めていく上でどうしても必要な人材について相談をした。

 僕の思い描くビジョンをきちんと理解してくれた上で、I.N.Aちゃんが明確に提案してくれたのは、2人のクリエイターだった。 

 まず1人はデザイナー。名前はYUSUKE YADA。

 クリエイターとしては、YADALabという名前で活動しているデザイナーだ。

 プロとして幅広い仕事を展開しているデザイナーでありながら、電脳音楽塾の展覧会にも何度か出展している というデザイナーだった。

 彼の作品を見た瞬間に、僕は「彼だ」と感じた。

 僕が「ツダミア進化計画」のために求めていたビジュアルイメージは「先鋭的な独自性」と「芸術の持つ豊かさ」だった。

 もちろんこれは僕の心の中にあるもので、共有している水晶の他は、I.N.Aちゃんを含め誰にも話してはいない。

 だから僕は特にその理由をI.N.Aちゃんに説明することなく、たった一言、「ああ、こういう感じの作品を創れる人を探していたんだよね・・・」と伝え、しばらく彼の資料を見ていた。

 僕がYADALabの作品に感じた「先鋭的な独自性」と「芸術の持つ豊かさ」が、なぜ「ツダミア進化計画」に必要なビジュアルイメージだったのか。

 それは、まだツダミア進化計画の構想が、僕の中にも水晶の中にも芽生えていなかった、昨年2018年の、夏から秋にかけてのある重要な時間の中から生まれたのだった。